
初めてインドを訪れたのは、大学卒業が間近に迫った22歳の春。当時、父が仕事の都合でニューデリーに単身赴任していたこと、そしてインターンシップをしていた某トラベルカルチャー誌でインド号の制作に携わり、誰もが一度は虜になるというインドの魅力に触れてみたくて、卒業旅行はインドと決めていた。
3週間弱で旅したのは、ニューデリーを皮切りに、ジャイプール、アグラ、ブッダガヤ、ヴァラナシ、コルカタの北インド周遊コース。電車のブックを間違えて一晩ボロボロの駅舎で過ごしたり、兄弟で旅する友人ができたり、タイでポーカー詐欺にあって丸裸になったにもかかわらずインドでシタールを買って抱えて旅する青年に出会ったり、相場よりもうんと高いものを買ったり、見ず知らずのインド人に謎のランチに招待されたり、高熱にうなされたり、お腹を壊して帰国後入院したり、いろいろ濃ゆい旅だったことは間違いない。バックパックを背負って、女二人で砂嵐と物乞いと汗とチャイにまみれながら見た景色は、20代前半だからこそ味わえる貴重なものだったように思う。それでもたかが3週間、北インドを旅しただけでは、旅人が語るインドのコアな魅力には到底触れることはできなかった。でも、旅人を惹きつける「何か」があるというのは感じることができて、それだけでもその頃は十分インドを楽しんだ気持ちになれたのだ。
そんなインドを再び旅することに決めたのは、2017年、34歳の春。約10年ぶりだ。トロントで出会ったシェアメイトのRohanが帰国していると聞いて、彼の故郷を訪ねてみることにした。Rohanはカナダ滞在のビザが切れて、帰国しなければならない状況だったため、PRが取れるまでしばらくMumbaiの実家で過ごしていた。彼とは私がトロントを離れてからも、最低でも月に1度は電話で話す仲で、私の貴重な英語の先生でもあり、弟のような、同士のような存在だ。彼の家はMumbaiにあり、10年前の旅では北インドにしか足を踏み入れなかったこともあり、即決でインド行きを決めた。
私がトロントで最初に住んだシェアハウスは、インド人オーナーの家だったこともあり、Rohan以外にもAnuragやPuneetという今でも連絡を取るインド人の友人がたくさんできた。彼らは、故郷を離れてトロントの大学やカレッジを卒業し、PRも取得、カナダでの新しい人生を謳歌していたし、独立精神が旺盛で、夢もやたらと大きくて、結婚して家庭を持ったり、すでに企業や個人でキャリアを築いている日本の友人らとは違う、刺激をもらえたように思う。
インドからカナダへ留学しているということは、正直なところ、そもそも育ちがいいのだ。インドで出会った若者と家族の話しをすると、だいたいが会社の経営者で、はにかみながら実家の話しをしてくれたものだ。でも、トロントの狭くて安い家に住み、贅沢もせず、トロントは物価が高いと不満を垂れる。何故、インドを離れたのか尋ねると、汚職が嫌、女性がいい仕事に就くのは難しい、制限が多い、などやはり国家としてまだまだ未熟なことに不安を感じている様子だった。ある日、午前すぎにコーヒーを買いに女の子と近所へ外出した時には、「こういう風に夜出歩くことができるのもトロントの好きなところだ」というようなことを言っていた。彼女はインド北部出身だったのだけれど、インドで女性が夜出歩くことは、身の危険も含めて、ありえないことなのだ、と話してくれた。たくさんのインド人と話して、親は自国の将来と子どものキャリアを真剣に考えて留学を後押しして、子どもたちも親の期待に応えるよう、懸命に日々を過ごしているように思えた。また、私の語学力に問題があったことを差し引いても、出会ったインド人は皆頭が良い印象だ。回転が速いというか、計算がうまいというか、それは、人生のモラトリアム的にトロントに住んでいた私とは明らかに違う、背負ったものの大きさもあったのかもしれない。そして、30代の私と大いに違ったことは、みんなやたらと家族と電話で話していた。毎晩という子もいたし、週末は必ず1時間以上、というのが共通点だった。家族みんなの仲が良いインド人。ピュアだけど、ずうずうしいインド人。そんなインド人の若者と出会ってなかったら、もう一度インドへ旅しようとは思わなかなったかもしれない。
